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横浜地方裁判所 平成元年(わ)1068号 判決 1990年1月30日

主文

被告人両名をそれぞれ懲役二年六月に処する。

被告人両名に対し、未決勾留日数中各一三〇日を、それぞれその刑に算入する。

訴訟費用中、証人Tに支給した分は被告人両名の連帯負担とする。

理由

(被告人らの身上経歴及び犯行に至る経緯)

被告人Xは、神奈川県平塚市内の中学校を卒業後、溶接工、鳶職等として働き、途中的屋の組織に入ったこともあったが、昭和六二年九月ころからは、横浜市内において自動車組立工として稼働している者であり、被告人Yは、横浜市内の高校を二年で中退した後、ガソリンスタンド店員、植木職人、土工等として働き、途中暴力団構成員となったこともあったが、昭和六三年六月ころからは、横浜市内において被告人Xと同じ職場で、自動車組立工として稼働している者であり、いずれも少年のころ一時期いわゆる暴走族に加入し、後に離脱している者であるが、両名は、昭和五九年ころ互いに知り合い、その後、年も近く、経歴もよく似ていたこともあって次第に親しく付き合うようになり、やがて同じ職場で稼働するようになってからは、一か月に二回位の割合で、一緒に、暴走族などが蝟集している江の島等へドライブに出掛けたりしていた。

一方、Aは、毎日新聞本社論説室顧問の役職にあった者で、神奈川県藤沢市片瀬海岸二丁目三番一六号に居住して、約八年前より同新聞夕刊のコラム欄「近事片々」をその自宅で執筆していたことから、午前五時ころ起床し、午後九時ころ就寝するという規則正しい日常生活を心掛けていたところ、五年ほど前から、暴走族が夜間曜日を問わずに近隣道路を走り回るようになったため、しばしばその騒音で目覚めさせられることもあり、暴走族の撒き散らす騒音に対して憤懣の情を募らせていた。

平成元年四月一七日、被告人両名は江の島へドライブがてら遊びに行くことを約束し、同日午後九時三〇分ころ、被告人Xが自己所有の普通乗用車(日産フェアレディZ・白色・五九年式。以下「被告人車両」ともいう。)を運転し、被告人Yが助手席に同乗して、神奈川県茅ケ崎市内の当時の被告人Y宅から江の島方面へと向かった。

Aは、同日午後から、同人を訪ねてきた甥のBとともに江の島内を散策し、夕刻ころからはAの妻Cも加わって本格的に飲酒しはじめたが、同日午後一〇時ころには飲酒を終え、片瀬江ノ島駅前広場にある大衆割烹店から帰宅しようとしたところ、たまたま同広場に停車していたオートバイが大きな排気音を出していたので、前記のように、日頃から暴走族の撒き散らす騒音に憤懣の情を募らせていたAは、飲酒の勢いもあって、妻が制止するのもきかずに右オートバイに近づき、「うるさい。」等と大声で怒鳴ったが、右オートバイは排気音を大きくしながら走り去ってしまった。そのため、一層興奮したAは、同広場南東の空き地に置いてあった長さ約三メートル、直径約六センチメートル、重量約一一キログラムの鉄パイプ(以下単に「鉄パイプ」ともいう。)を持ち出し、国道一三四号線方面から同広場に入ってくる自動車に向かって、無差別的に次々と大声で怒鳴りながら鉄パイプを突き出すなどし、同広場に入ってくる自動車を追い払うような無謀の挙に出た。

ちょうどそのころ、被告人Xの運転する被告人車両が同広場に入ってきたが、被告人Xは、鉄パイプを肩に担いで怒鳴っているAの姿を見つけるや、同人と係り合いになるのを恐れ、同人を迂回しながら同広場中央のポールを回ってUターンし、同広場から国道一三四号線方面に引き返そうとしたところ、同広場出口付近は自動車が渋滞していて、一時停車せざるをえなかった。すると、Aは被告人車両に近づき、これを追い払うように、鉄パイプを右脇に抱えて左右に二、三回振り、その先端が一回被告人車両の右側ドアに接触して、長さ約二・六センチメートルの線状の傷を付けてしまった。

(罪となるべき事実)

被告人Xは、右のように被告人車両を傷つけられたことに立腹し、直ちに下車して側に立っていたAに向かって、「弁償してくれ。どうしてくれるんだ。」等と怒鳴りつけたが、Aは謝罪しなかったばかりか、被告人らを暴走族と決め付け、「お前ら暴走族が悪いんだ。」等と言い返してきたため、被告人Xは、激昂したあまりAに対して殴る等の暴行を加えようと同人に詰め寄り、同人が所持していた鉄パイプをまず奪い取ろうとし、この成り行きを見守っていた被告人Yも被告人Xに加勢しようと下車したところ、早くもAと被告人Xが鉄パイプを取り合って揉み合いを始めており、Bもこれに加わって、被告人Xの首付近に腕を回して同被告人をAから引き離そうとした。ここにおいて被告人両名はA及びBに暴行を加える意思を相通じ、

第一  平成元年四月一七日午後一〇時五分ころ、神奈川県藤沢市片瀬海岸二丁目一五番三号所在の小田急電鉄株式会社江ノ島線片瀬江ノ島駅前広場において、手拳でA(当時五六歳)の顔面を殴打してその場に転倒させたうえ、同人の腹部及び胸部等を踏み付けるなどの暴行を加え、よって、翌一八日午前三時二八分ころ、同市片瀬二丁目一五番三六号所在の藤沢脳神経外科病院において、同人を上腸間膜動脈破裂に基づく出血により死亡するに至らしめ、

第二  同日一七日午後一〇時五分ころ、前記駅前広場において、手拳でB(当時四二歳)の顔面を殴打してその場に転倒させたうえ、同人の腹部及び大腿部等を足蹴にするなどの暴行を加え、よって、同人に加療約一週間を要する右眼周囲打撲、口唇裂創及び左大腿部打撲の傷害を負わせたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人両名の判示第一の所為はいずれも刑法六〇条、二〇五条一項に、判示第二の所為はいずれも刑法六〇条、二〇四条、罰金等臨時措置法三条一項一号にそれぞれ該当するところ、判示第二の罪について所定刑中それぞれ懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文、一〇条により重い判示第一の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をし、その刑期の範囲内で被告人両名をそれぞれ懲役二年六月に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数中一三〇日をそれぞれその刑に算入し、訴訟費用のうち証人Tに支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文、一八二条により被告人両名に連帯して負担させることとし、国選弁護人Sに支給した分は被告人Xに負担させないこととする。

(弁護人らの主張に対する判断)

一  被告人Xの弁護人は、被告人Xの本件各所為は、正当防衛ないしは過剰防衛にあたると主張し、被告人Yの弁護人も、被告人Yの本件各所為は、正当防衛ないしは過剰防衛、あるいは誤想防衛ないしは誤想過剰防衛にあたると主張するので、これらの点について検討する。

二  まず、関係証拠によって、被告人らが本件各所為に及んだ経緯、態様などをみると、以下の事実が認められる。

1  Aは、長年にわたり、片瀬江ノ島駅前広場及びその付近道路において、夜間暴走族が撒き散らす騒音に悩まされ続けていたところ、本件当日の午後一〇時ころ、飲酒を終えて妻及び甥のBと帰宅しようとした際、日頃から暴走族の車両が集まる右駅前広場で大きな排気音をたてているオートバイに出合い、飲酒の勢いもあって、妻が制止するのもきかずに、「意見してやる。」等と言って右オートバイに近寄り、大声で「うるさい。」「やめろ。」等と怒鳴ったりしたが、オートバイは排気音を大きくしながら走り去ってしまった。

2  右のような事態に腹を立てたAは、同広場南東の空き地に置いてあった判示の鉄パイプを持ち出し、国道一三四号線方面から同広場に入ってくる自動車に向かって、次々と大声で怒鳴りながら無差別に右パイプを突き出すなどし、自動車を追い払うような動作をしていたが、現実に自動車を傷付けるようなことはなかった。

3  そのころ、ドライブ途中の被告人Xが、入手して間もない被告人車両を運転して同広場へ入ってきたが、鉄パイプを肩に担いで怒鳴っているAの姿を見ると、少し体をふらつかせており、その側でしきりに止めている中年の女性の言うことを聞く様子もなかったので、酒に酔った男が同広場に入ってくる車両に嫌がらせをしているものと考え、係り合いにならないように、同人を迂回しながら、広場中央のポールを回っただけですぐに国道一三四号線方面へ引き返そうとしたところ、同方面は渋滞していたため、やむをえず同広場内で被告人車両を停車させた。すると、Aが前記鉄パイプを持って被告人車両に近づき、その鉄パイプを右脇に抱えて左右に二、三回振り、その先端が一回被告人車両の運転席側ドアに接触して、その箇所に長さ約二・六センチメートルの線状の傷をつけてしまった。

4  被告人Xは、その途端に「何すんだ、この野郎。」と怒鳴り、続いて助手席に座っていた被告人Yの方を向いて「頭にきた。」と言い残して直ちに下車し、ドアの傷を確認したうえ、鉄パイプを抱えたまますぐ側に立っていたAに対して「弁償してくれ。どうしてくれるんだ。」等と怒鳴りつけたが、Aは謝罪しなかったばかりか、勝手に被告人らを暴走族と決め付け、「お前ら暴走族が悪いんだ。」等と言い返してきたため、被告人Xは、激昂したあまり、二、三発ぶん殴ってやろうという気になり、Aに詰め寄って、鉄パイプを奪おうとし、これを奪われまいとするAとの間で、鉄パイプを押したり引いたりする揉み合いとなった。

一方、片瀬江ノ島駅で切符を買い終わったBは、辺りを見回してAを捜したところ、Aが被告人Xと対峙しているのが目に入り、Aが暴走族かやくざに意見して逆に因縁をつけられているように感じ取ったため、急いでAのもとへ向かい、既にAと鉄パイプの奪い合いを始めていた被告人XをAから引き離そうと、右腕を被告人Xの首付近に巻きつけるなどして後方に引っ張ろうとした。

5  被告人Yは、被告人XがAに対し喧嘩をしに出て行ったと思ったが、相手が中年の酔っぱらいに過ぎないことから、被告人XがすぐにもAから鉄パイプを奪い取ったうえ、同人を、一、二発殴りつけてけりをつけてくるだろうと考え、すぐには下車しなかったものの、Aが鉄パイプを持っていたこともあって、やはり被告人Xのことが気になり、被告人XがAに詰め寄ろうとしたのを見て、被告人Xに加勢しようという気になって下車した。そしてドアを閉めて振り返ると、いつの間にかBがAに加勢していることがわかり、自らも被告人Xらの揉み合いの中へ駆け寄り、まずAを倒して同人から鉄パイプを奪おうと、Aの膝付近を数回蹴飛ばしてみたが効き目がなく、そこでさらにBの左顔面を手拳で一回殴打したところ、今度はBが「それ位しか殴れないのか。」とか「大人の力を見せてやる。」などと言いながら手拳で被告人Yの顔面を殴りつけ、続いて同被告人を押すようにして広場南の弁天橋方向に移動した。Bに押されて後退した被告人Yは、上着を脱ぎ上半身裸となって、体の入れ墨を示しながら同人と揉み合い、同人の膝付近を二回位蹴り上げた。

6  被告人XとAとは、鉄パイプを奪い合って揉み合いを続けながら、被告人XがAを押す形で次第に広場の中央付近に移動して行ったが、やがて氏名不詳の第三者が右両者の中に割って入り、鉄パイプを取り上げて駅舎の方へ投げ捨てた(なお、右の者はAに対してそれ以外の暴行は加えていない。)。

7  鉄パイプを取り上げられたはずみにAはその場にしゃがみこんでしまったため、被告人Xは、Aをおいたまま、揉み合いを続けていた被告人Yらの方へ近寄り、いきなりBの右顔面を手拳で殴打したところ、Bは右側を下にして昏倒してしまい、全く無抵抗の状態となったが、それでも被告人Xはその胸部、腹部付近を、被告人Yはその大腿部付近をそれぞれ数回蹴飛ばし、これら一連の暴行の結果、Bに対し加療約一週間を要する右眼周囲打撲、口唇裂傷及び大腿部打撲の傷害を負わせた。

8  Bを蹴飛ばし終わったころ、被告人XがAの方を見ると、もはや鉄パイプは持っていなかったものの、Aがふらつきながら被告人らの方に向かって歩いてきていたので、被告人Xは、すかさずAに駆け寄り、その顔面を手拳で力一杯殴りつけたところ、Aは棒が倒れるように後方に倒れ、後頭部を強打して全く動かない状態となった。それにもかかわらず、被告人Xは、仰向けに倒れているAの左側に立ってAの腹部を数回力一杯踏みつけ、それとほぼ同時に被告人YもAの右肩付近に立って右肩部から右胸部付近を数回踏みつけた。すると、被告人Xの激昂した気分もようやくおさまってきたが、右暴行により、Aは上腸間膜動脈破裂の傷害を負い、それに基づく出血により死亡するに至った。

三  以上の事実関係を基礎として、弁護人らの主張について判断するのに、確かにAは、被告人車両に近寄るや、いきなり鉄パイプを被告人車両に向けて二、三回振り、その結果右パイプの先端を同車両の運転席側ドアに接触させて、その箇所に長さ約二・六センチメートルの傷をつけたのであるから、これは被告人Xの財物に対する急迫不正の侵害であると認められる。しかし、その後は、被告人Xが右鉄パイプを奪い取ろうとするまで、被告人車両から降りてきた同被告人に対してはもちろん、同車両に対しても、Aは鉄パイプを振り回すなどして攻撃を加えるような素振りはみせていないうえ、被告人車両を損傷するに至るまでのAの挙動、その経緯並びに右損傷行為の態様及び損傷自体の軽微性(前記二の1、2、3)からすると、Aが積極的に被告人Xの身体や被告人車両を傷つけようとする意思を有していたとも認められず、以上からすると、たとえAが鉄パイプを放棄していなかったからといって、それのみによっては、被告人XがAから鉄パイプを奪い取ろうとした時点においてまで、被告人Xの防衛行為が許されるような状況が継続していたとは認め難いのであって、その意味で、Aの急迫不正の侵害は、既に終了していたというべきである。また、それに引き続く鉄パイプの奪い合いの態様、氏名不詳の第三者に鉄パイプを奪われてしまった後のAの行動からしても、右の状況には何の変化もないと認められる。

(なお、弁護人らは、(1)被告人XがAの鉄パイプを取り上げようとした際、Aに鉄パイプを振り回されて手を離したところ、Aは、その鉄パイプで被告人車両を壊そうとしたり、それを阻止する被告人Xの左脇腹を殴打したのであるから、少なくともこの時点で現実的な侵害があったといえる、(2)Aは、いわゆる三三〇の男に鉄パイプを取り上げられていったんはしゃがみこんだが、その後も「てめえら、暴走族。」などと言って、こぶしを握り被告人らに危害を加えようとして向かってきたのであるから、この時点でも被告人らに対する侵害の危険があったと主張するが、右(1)のうち、Aが鉄パイプでさらに被告人車両を壊そうとしたという点については、その行為の時点に関して、被告人Xの供述自体一貫したものでなく、にわかに信用できないし、被告人Xの左脇腹を殴打したとの点については、被告人X自身、殴られたというより鉄パイプ奪い合いの過程で当たったという程度のもので、それも強く当たったのではないと供述しており、また、右(2)についても、当時、Aは、既に鉄パイプを取り上げられた状態であって、しかも、酒に酔ってふらふらしていたというのであるから、侵害の危険はないに等しい程極めて微弱なものであったといわなければならない。)

そうだとすると、そのような状況のもとで、前認定のようなAの言動を契機として、鉄パイプを奪い取ろうとする形において開始され、最終的には、昏倒して全く無抵抗の状態に陥ったAを死に致すまでに強烈になされた被告人XのAに対する一連の暴行は、何の理由もなく、入手したばかりの被告人車両を傷つけたばかりか、弁償を迫っても謝罪さえもしようともせず、かえって被告人Xを暴走族呼ばわりしたAの態度に激昂した同被告人が、専らAに対する積極的加害意思をもってなしたものと認めるのが相当であり、被告人XのAに対する判示所為が防衛のための行為であったとは到底認めがたい。また、被告人Yも、前認定のような下車時の状況からすると、被告人XがAに対して一方的に暴行を加えるであろうことを予想しながらも、状況によっては自らも積極的に加勢する意思を有していて、最終的には、被告人X同様、全く無抵抗の状態に陥ったAに強力な暴行を加えており、被告人YのAに対する判示所為も防衛のための行為であったとは認められない。

次に、Bとの関係について検討してみても、確かにBは被告人Xの背後からいきなり同被告人の首付近に腕を回すなどしてはいるものの、それは被告人XをAから引き離そうとしていたにすぎず、被告人らに対する侵害が差し迫っていたとはいいがたいし、被告人Yは、前認定のとおり、状況によっては自らも積極的に加勢する意思を有していて、現にまずAに暴行を加え、その効果がないとみるや、ただちにBを殴打し、さらに被告人YとBとが揉み合ううちに、被告人Xもこれに加わって、Bを殴打して昏倒させ、無抵抗の状態になった同人を、被告人両名でこもごも足蹴りにしているのであるから、Bに対する被告人両名の暴行も専ら積極的加害意思に基づいてなされたとみられるのであって、被告人両名のBに対する判示所為が防衛のための行為であるとは認めえない。

以上のように、被告人らの本件各所為は、いずれも専ら積極的加害意思に基づいてなされたものであるから、正当防衛となることはなく、したがって過剰防衛となることもないから、この点に関する弁護人らの主張は理由がない。

なお、被告人Yの弁護人は、同被告人は、被告人Xに対しBが突然背後から襲ってくるのを見て、自分が助けなければ被告人Xの生命、身体に対し、いかなる危害が加えられるかも知れないと誤解して反撃したのであるから、誤想防衛ないし誤想過剰防衛が成立すると主張するのであるが、前記のとおり、被告人Yは専ら積極的加害意思のもとに行動していたのであるから、誤想防衛等を論ずる余地はなく、この点に関する被告人Yの弁護人の主張も理由がない。

(量刑の理由)

本件は、日頃から暴走族を嫌悪していたAが、被告人車両を暴走族の車両と誤解してか、鉄パイプでこれを追い払うような無謀な挙を敢えてなし、それによって被告人車両を傷つけたことが発端となり、その後のAの対応ぶりやBの行動にさらに怒りを煽られた被告人らが、駅前広場という衆人環視の中で、A及びBに対し殴る、蹴る、踏みつける暴行を加え、Aを死亡させ、Bに対しても判示のような傷害を負わさせたという事案である。確かに、きっかけにおいてはAらの側に非があったとはいえ、いずれも被告人Xの殴打によって昏倒し、抵抗する様子を全く見せないAらに対し、被告人両名が二人して強力かつ執拗な暴行を加えたのであり、その態様は悪質といわざるをえず、また生じた結果も重大で、特に死亡したAが当時毎日新聞本社論説室顧問の役職にあったことや犯行現場が暴走族の蝟集する場所であったことから、世間の関心を呼び、ジャーナリズムに与えた衝撃も小さくない。さらに、被告人らは、本件犯行後、被告人車両を処分し、同僚にアリバイ工作を依頼するなどの罪証湮滅行為を行っており、犯行後の情状にも芳しくないものがあるうえ、突然被告人らによって未だ先のある生命を絶たれたAの無念さ、遺族らの悲嘆の心情は察するに余りあるのに、未だなんらの慰謝の措置もとっておらず、これらの事情を総合すると、被告人らの刑事責任は軽視することを許されない。

したがって、社会の木鐸ともいうべき新聞社論説室顧問という役職にありながら、暴走族を嫌悪するあまり、酔余自ら被告人車両を傷つけたうえ、それを謝罪しなかったばかりか、かつては暴走族に属したこともあったとはいえ、現在ではまじめに稼働している被告人らを暴走族呼ばわりし、本件に至るきっかけを作ったAにも、相当に責められるべき点があるといわざるをえないこと、またBにおいても、分別盛りの身でありながら、「大人の力を見せてやる。」などと言って、若年の被告人らに対し積極的に攻撃を加えており、まことに遺憾といわざるをえない点があること、前記のような事情もあって、本件は報道機関等に大々的に取り上げられるところとなり、被告人らは既にそれなりの社会的制裁を受けたとみられること、被告人らはいずれも前科はなく、また現在では本件を反省し、その責任を痛感していると認められることなど、被告人両名に有利な一切の情状を斟酌しても、主文掲記の量刑はやむをえないものと思料する。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 杉山忠雄 裁判官 村田鋭治 裁判官 齋藤正人)

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